
本はまず第1段に活字を追うことによって読むものです。
その場合に、活字を「絵」のように見ることは、既に述べておりますが不可能といわざるをえません。
論者は、これとはぼ同じ意味で、本はイメージで読むといっているようですが、それなら正しいとは言えません。
第1段に活字を追った結果として、内容がイメージ化され、そのイメージ化によって、文字理解が確かなものになります。そしてこのイメージ化が次行、あるいは次ページ以下の読みにとって、有利に作用します。
これが第2段において本はイメージで読むということであって、これは正しくなります。
これは実は、文脈ないし文脈効果の1種に他なりません。
ところで、第1段の「結果としてのイメージ化」は、一般の読書で、私達は知らず知らずのうちにしており、特殊なことではありません。
「テレビは画面が出るので、イメージが強制的に固定化され不自由だ、その点ラジオの方がイメージが自由にふくらんで良い」などという場合の、それに他なりません。
従って、この意味のイメージ化は、総ての読書にとり重要です。
それが、速読で特に強調されるのは、この意味のイメージ化が、先に1言したように、第2のイメージで読むに、通ずるからに他なりません。
つまりイメージで読むためには、そのイメージがしっかりと心に刻みこまれていることが前提となるからです。
いいかえると、一般の読書法のように、理解できなければ、前のページに後戻りするということが、許されない速読では、その場、その場のイメージ化をしっかりとし、、これを土台に次の場面の処理を速やかにすることが、強く要求されるからです。
この点の説明は、前述、既出情報の処理と似ていますが、両者はその精神を同じくするので、当然のことです。
例えば「近頃、本を読んでも、以前のようにイメージが湧いてこない」等の言葉をきくことがあります。
このようなとき、意識的にイメージ化をはかる訓練を試みてください。
今、読んだ本を、ちょっと伏せて、頭の中に、明確なイメージが湧いてくるまで、話の筋を追うなどして、意識的に努力してみることです。
そのときは多少時間を費やしても、後々の読書にとって、必ず有効に作用します。
教室でも、トレーニング後、目を閉じて、話の内容を、じっくりと考えているタイプの人は必ず本が速く読めるようになるものです。